大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 平成5年(行ウ)11号 判決

原告

小林祐二

被告

北海道知事 横路孝弘

右指定代理人

栂村明剛

永野道男

垂石善次

槇塚忠信

渋谷俊雄

小川芳雄

理由

一  請求の原因について

請求の原因1ないし3の事実(本件各不支給決定、それについての審査請求に対する棄却決定及び再審査請求に対する棄却決定)は、すべて当事者間に争いがない。

二  被告の主張(本件処分の正当性)について

1  本件各不支給決定の経緯

〔証拠略〕によると以下の事実が認められる。

(一)  平成三年一〇月三日受付の同年七月一日から同年八月三一日までの期間の傷病手当金請求について、同年一一月一日の審査において、審査医師である百石文一は、原告が通院しながら就労することが可能であるという原告の主治医高瀬医師の意見と同意見を示し、それに基づいて、被告は、同月一六日、この期間についての原告に対する傷病手当金の不支給決定をした。

(二)  平成三年一一月一一日受付の平成三年九月一日から同年一〇月三一日までの期間及び平成四年六月一〇日受付の平成三年一二月一日から平成四年五月三一日までの期間(平成四年三月三一日を除く。)の傷病手当金請求について、被告の調査担当者千葉勲は、高瀬医師から事情聴取したところ、右請求期間中の原告の症状について、「(1)原告が訴える倦怠感についての他覚的所見はない。(2)腹痛や手術創の痛みはあるが、胃切除者にはつきものの症状であり、労働を阻害するほどのものではい。(3)ダンピング症状はない、(4)期間中の血液検査、胃バリウム検査の結果はいずれも正常であった。」との回答を得、就労の可否については、その全期間について就労可能との回答を得た。なお、右期間について、原告の健康保険傷病手当金請求書に同医師が就労不能と認める旨の記載をしたのは、同医師が院長に相談した結果、原告に証明を求められた以上、そのように記載しなければならないものだと思ったからにすぎない。千葉は、従前の調査資料及び右事情聴取内容に基づき、この期間について原告が療養のため労務不能状態であったとは認められないとの意見を示した。それに基づいて、被告は、平成四年七月七日、この期間について、原告は治療しながら働くことができると判断し、原告に対し、傷病手当金の不支給決定をした。

(三)  平成四年一一月二七日受付の平成三年一一月一日から同月三〇日までの期間の傷病手当金請求について、被告は、平成五年一月一一日、原告が被保険者の資格を喪失した際、傷病手当金の支給を受けていないか又は受けられる状態になかったことを理由に、不支給決定をした。

以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

2  原告の症状の軽快について〔証拠略〕によると以下の事実が認められる。

(一)  原告は、平成二年一〇月二五日に胃腫瘍で国立療養所札幌南病院の高瀬浩医師の診察を初めて受け、平成三年一月二四日の胃切除手術後、同年三月三〇日に症状が軽快したので退院した。その際、高瀬医師は、原告に対し、一か月後より就労できると伝えた。その後、原告は、症状の経過観察のため、同病院の同医師のもとに通院して診察を受けていたが、その間、同医師が原告について他覚的症状を認めたことはなかった。そして、同年四月一七日に行われた血液の生化学的検査の結果は正常であった、高瀬医師は、原告に二週間に一度の通院を指示するとともに、原告が通院しながら就労することは可能であり、就労するか否かは本人の意思次第であると判断し、就労するように勧めた。同年七月一日から八月三一日までは原告は高瀬医師のもとに四週間に一度胃腸薬を取りにくる状態で、通院したのは七月三日と八月七日の二回であり、その際、原告は自覚症状として全身の倦怠感と腹痛を訴えているが、八月七日の検査では、胸部X線、胃バリウム透視、血液所見でいずれも異常は認められなかった。それ以後、同年一〇月二四日まで、原告は、高瀬医師のもとに通院していない。同年一二月、高瀬医師は一度原告を診察し、就労を勧めたが、原告は、倦怠感が強いと訴えた。平成四年一月一日から同年五月三一日までの間、原告が高瀬医師のもとに通院したのは、五月二七日だけであり、同日の血液所見は正常で他覚的に異常所見はなかった。その間、原告は、倦怠感が強く休業していた旨高瀬医師に訴えている。

(二)  原告のかかったような胃腫瘍による胃の五分の四を切除し、二次リンパ節郭清治癒を施す胃切除手術後の病状は、医学的には個々の症例によって差はあるものの、一般的には三、四か月で回復するものとされており、本件傷病にもこのことは当てはまると考えられる。

以上の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

3  原告の稼働状況について

〔証拠略〕によると以下の事実が認められる。

(一)  (傷病前の原告の稼働状況)

原告は、本件傷病による療養前、ベニーエステートサービス株式会社札幌支店に勤務しており、その業務の内容は、マンションの管理人としての受付等の業務(外来者や居住者の応接、電話の接受、不在者の郵便物等の受け渡し、拾得物の取扱、共用部分の鍵の保管及び貸出、管理用備品の管理、通知事項の掲示、入退居者の届出の受理、官公庁との連絡、粗大ゴミ収集の申し込み)、点検業務(建物、諸設備、諸施設、照明、電球類、各種警報装置の点検、諸設備の運転及び作業状況の点検及び記録、各種メーターの検針)、立会業務(諸設備の保守点検、共用部分の営繕工事、清掃業務及びゴミ収集の際の立会い)、報告連絡業務(定時報告、緊急時の連絡、日誌の記録)、管理補助業務(防火管理業務及び未収納金督促業務の補助)等であり、原告は自分が管理するファミール中の島(マンション)に住み込んでこれらの業務を行っていた。原告は、本件傷病により、平成二年一一月三〇日以降休業しており、職場復帰の見込みが立たないという理由で平成三年四月二〇日に使用者との合意の上、自己都合退職した。

(二)(傷病後の稼働状況)

原告の本件請求期間中の勤務先は次のとおりであり、就労実日数は合計二五日である。

(1) 原告は、平成三年八月二二日、日糧製パン株式会社に入社し、同年九月一八日退社した。この間、一日約五時間勤務し、その就労実日数は一六日であった。

(2) 原告は、平成三年九月二四日、株式会社ローヤルに入社し、同社札幌営業所で勤務し、同年一一月一日に退社した。この間の就労実日数は九日であり、倉庫内において在庫してあるライト等の車の部品を出荷するために会社の事務所から指示票に従い手押しの台車で運び出し、段ボール箱を梱包する作業に従事しており、最後に出勤したのは一〇月八日で、以後はずっと欠勤していた。

以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

4  以上の事実から次のとおり判断することができる。

すなわち、原告が本件傷病発生前に従事していた業務が立会や点検などといったかなり軽い業務であったことからして、本件傷病手当金不支給処分がされた期間に原告が従事した業務は、少なくともそれと同等以上の労力を要する業務であった。そして、その業務に二五日間従事したこと、各種検査結果でいずれも異常が認められず、主治医も就労が可能であると判断していることからして、この期間については、いずれも、原告の健康状態は、本件傷病発生以前に原告が従事していたマンション管理人の業務と同程度の業務に従事するに十分なほどに回復していたのであり、療養のために労務不能であったとは認められない。原告が、その間、倦怠感、腹痛、手術創の痛みを訴えることがあり、右二五日間以外は休業していた事実も右判断を覆すに足りるものではない。よって、原告の本件各傷病手当金請求に対し、いずれも不支給とした本件各不支給決定に違法はなく、これの取消を求める原告の請求には理由がない。

なお、原告は、平成二年一二月二〇日から平成三年六月三〇日までの期間の傷病手当金の支給を受けていたのであるから、健康保険法四七条により、傷病手当金は平成四年六月一九日を限度として請求しうるにとどまる。したがって、原告の本訴請求のうち、平成四年六月二〇日から同月三〇日の期間に係る請求は、法律上明らかに理由がない。

三  以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないらこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 一宮和夫 裁判官 菅野博之 寺西和史)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例